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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)370号 判決

原告

触媒化成工業株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

宇部日東化成株式会社

代表者代表取締役

【E】

訴訟代理人弁理士

【F】

主文

1  特許庁が平成9年審判第5425号事件について平成10年9月30日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「シリカ粒子の製造方法」とする特許第2529062号発明(平成4年7月30日特許出願、平成8年6月14日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年4月4日に本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求した。

特許庁は、これを平成9年審判第5425号事件として審理した結果、平成10年9月30日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年10月28日にその謄本を原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲

シリカ種粒子をアルコールとアンモニア水との混合溶媒に分散させてなる分散液にシリコンアルコキシドを添加してこれを加水分解させ、シリカ種粒子の粒径を成長させるシリカ粒子の製造方法において、シリコンアルコキシドを添加する前の分散液中の全シリカ種粒子の合計表面積(So)と同分散液中の溶液成分の合計容積(Vo)との比So/Voを300(cm2/cm3)以上とし、かつシリコンアルコキシドを添加した後の分散液中の成長した全シリカ粒子の合計表面積(S)と同分散液中の溶液成分の合計容積(V)との比S/Vを300~1200(cm2/cm3)とすることを特徴とするシリカ粒子の製造方法。

3  審決の理由

別紙決定書の理由(一部)写しのとおり(なお、審判手続における甲第1号証(本訴における甲第7号証)の特許公報を以下「引用例1」、審判手続における甲第6号証(本訴における甲第3号証)の特許公報を以下「引用例2」という。)

4  審決取消事由

審決は、本件発明と各引用例記載の発明との対比を誤った結果、本件発明の新規性を肯定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  本件発明と引用例1の実施例2との対比について審決は、本件発明と引用例1の実施例2とを対比して、前者が「シリカ種粒子,アルコール,アンモニア,シリコンアルコキシド,水」以外の原料を使用していないのに対して、後者は凝集防止剤としてn-ヘキサンを使用している点、得られるシリカ粒子について前者が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するのに対して、後者は「粒径が所定の数値範囲内に分布し、かつ特定の粒径範囲に単一のピークが存在する」点において相違する旨認定したうえ、本件発明と引用例1の実施例2は、製造原料及び得られるシリカ粒子の粒径分布が相違する以上、So/Vo及びS/Vについて検討するまでもなく、全く別異のものである旨判断している。

しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には、本件発明が凝集防止剤を使用しないこと、及び、本件発明によって得られるシリカ粒子が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するものであることは記載されておらず、また、これらの事項は特許請求の範囲から直接把握することができないから、審決の上記認定は、本件発明の技術内容を誤認したものである。

また、引用例1に「本発明においては粒子の凝集を防止する目的で、アルコールに炭化水素を混合することができる。この炭化水素は、アルコールと相容性があるものであれば特に限定されるものではない。(中略)特に好ましい炭化水素の例として、n-ヘキサン、n-ヘプタン、シクロヘキサン、メチル-シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどがある。」(2頁右下欄10行ないし20行)と記載されていることから明らかなように、引用例1記載の発明においては凝集防止剤の使用は任意的な要件にすぎない。したがって、引用例1の実施例2において使用されている凝集防止剤としてのn-ヘキサンは必須の要件ではなく、同実施例の必須の原料は「シリカ粒子核,エタノール,アンモニア,エチルシリケート,水」の5種類とみるべきであるから、審決の上記認定は引用例1の実施例2の技術内容をも誤認したものである。

この点について、被告は、原告は本件発明の新規性を否定する技術として引用例1記載の発明を援用したのではなく、引用例1の実施例2を援用したのであるから、引用例1の他の部分の記載を援用して実施例2の技術内容の誤認をいうのは失当である旨主張する。しかしながら、原告は、審判手続において「本件特許発明は、甲第1号証(特に実施例2)に記載された発明と同一であ」ると主張した(乙第3号証の12頁19行,20行)のであるから、本件発明の新規性が引用例1全体の記載との対比において判断されるべきことは当然である(判決注・上記甲第1号証は、引用例1である。)。

以上のとおりであるから、本件発明と引用例1の実施例2との対比に当たっては、凝集防止剤としてのn-ヘキサンを使用するか否か、得られるシリカ粒子の粒径分布がどうかを考慮することなく、本件発明の特徴であるパラメータの技術的意義を検討しなければならない。審決の上記判断は、本件発明が新規性を有するか否かの決定に必要なこの検討を回避してなされたものであって、違法である。

(2)  本件発明と引用例2の実施例12との対比について

審決は、本件発明と引用例2の実施例12とを対比して、前者が「シリカ種粒子,アルコール,アンモニア,シリコンアルコキシド,水」以外の原料を使用していないのに対して、後者は凝集防止剤としてNaOHを使用している点、得られるシリカ粒子について前者が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するのに対して、後者は「単分散」である点において相違する旨認定したうえ、本件発明と引用例2記載の実施例12は、製造原料及び得られるシリカ粒子の粒径分布が相違する以上、So/Vo及びS/Vについて検討するまでもなく、全く別異のものである旨判断している。

① しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には、本件発明が凝集防止剤を使用しないこと、及び、本件発明によって得られるシリカ粒子が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するものであることは記載されておらず、また、これらの事項は特許請求の範囲から直接把握することができないから、審決の上記認定は本件発明の技術内容を誤認したものである。

また、引用例2には「アルカリを加えて分散液の安定化を図らないと、シード粒子同士が凝集して沈殿してくることがある。シード同士が凝集すると、凝集粒子の接合部分(ネック部)にも金属アルコキシド分解生成物の付着が起こるため、均一な粒径を有する粒子が得られない。分散液の安定化を図るために加えるアルカリとしては、アンモニアガス、アンモニア水、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物、第4級アンモニウム塩、アミン類などが単独であるいは組合せて用いられる。」(3頁左上欄19行ないし右上欄9行)、「金属アルコキシドの添加に際しては、ヒールゾルをアルカリ性に保つようにして行なう。(中略)ヒールゾルをアルカリ性に保つためには、ヒールゾルにアルカリを添加すればよく、具体的には、添加されるアルカリとして、アンモニアガス、アンモニア水、アミン類、アルカリ金属水酸化物、第4級アンモニウム塩が単独あるいは組合せて用いられる。」(3頁右下欄19行ないし4頁左上欄7行)と記載され、分散液の凝集を防止するためには1種あるいは2種以上のアルカリを添加すればよいことが開示されている。そして、引用例2記載の発明の特許請求の範囲には「分散液をアルカリ性に保ちながら」(1頁左下欄6行,7行)加水分解を行うことは記載されているが、そこでは、「分散液をアルカリ性に保」つための「アルカリ」は特定されていない。そうである以上、引用例2の実施例12において使用されている凝集防止剤としてのNaOHは必須の要件ではなく、同実施例の必須の原料は「SiO2 粒子,エチルアルコール,エチルシリケート,水」及び「分散液をアルカリに保つためのアルカリ」の5種類とみるべきであるから、審決の上記認定は引用例2の実施例12の技術内容をも誤認したものである。

この点について、被告は、原告は本件発明の新規性を否定する技術として引用例2記載の発明を援用したのではなく、引用例2の実施例12を援用したのであるから、引用例2の他の部分の記載を援用して実施例12の技術内容の誤認をいうのは失当である旨主張する。しかしながら、原告は、審判手続において「本件特許発明は、甲第6号証(特に実施例12)に記載された発明と同一である」と主張した(乙第1号証の5頁8行,9行)のであるから、本件発明の新規性が引用例2全体の記載との対比において判断されるべきことは当然である(判決注・上記甲第6号証は、引用例2である。)。

以上のとおりであるから、本件発明と引用例2の実施例12の対比に当たっては、凝集防止剤としてのNaOHを使用するか否か、得られるシリカ粒子の粒径分布がどうかを考慮することなく、本件発明の特徴であるパラメータの技術的意義を検討しなければならない。審決の上記判断は、本件発明が新規性を有するか否かの決定に必要なこの検討を回避してなされたものであって、違法である。

② のみならず、仮に、本件発明と引用例2の実施例12とを審決認定のように把握したとしても、両者は、原料において実質的な差異はない。すなわち、本件発明は、原料として「アンモニア水」を用いるものであり、かつ、引用例2の前記記載から明らかなように、アンモニア水は凝集防止剤としても機能するものである以上、本件発明と引用例2の実施例12とは、凝集防止剤を1種単独で用いるか2種を組み合わせて用いるかにおいて相違するのみということになるからである。

また、本件発明は、「粒子径分布が単分散のシリカ粒子」(甲第2号証の1頁右下欄1行,2行。なお、9欄3行ないし10欄1行には「粒子径分布が単分散のシリカ微粒子」と記載されている。)を得ること目的とするものである(ただし、審決が援用する本件発明の実施例で得られたシリカ粒子は「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するものであるため、これに複雑な分級工程を施して「粒子径分布が単分散のシリカ微粒子」を得ているのである。)。したがって、本件発明と引用例2の実施例12とは、得られるシリカ粒子の粒径分布においても、実質的な差異はない。

③ 念のため付言すると、原告作成に係る実験報告書(甲第4,10号証)によれば、引用例2の実施例12の方法によって得られたシリカ粒子のSo/Voは329(cm2/cm3),S/Vは323(cm2/cm3)であり、また、同実施例においてNaOHを用いない方法によって得られたシリカ粒子のSo/Voは328(cm2/cm3),S/Vは321(cm2/cm3)であって、いずれも本件発明の要件であるSo/Vo及びS/Vの値を満足するのである。

第3被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  本件発明と引用例1の実施例2との対比について原告は、本件発明の特許請求の範囲には本件発明が凝集防止剤を使用しないこと、及び、本件発明によって得られるシリカ粒子が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有するものであることは記載されておらず、また、これらの事項は特許請求の範囲から直接把握することができないから、相違点に係る審決の認定は本件発明の技術内容を誤認している旨主張する。

しかしながら、本件発明の特許請求の範囲には、本件発明において使用する原料は「シリカ種粒子,アルコール,アンモニア,シリコンアルコキシド,水」の5種類のみと限定されているのであるから、本件発明の方法が「凝集防止剤としてのN-ヘキサン」を使用しないことは、本件発明の特許請求の範囲の記載から直接把握できる事項である。ある要件が不要であるという否定的な表現を特許請求の範囲に記載することは本来許されないのであるから、原告の上記主張が失当であることは明らかである。

また、本件発明の方法によって得られるシリカ粒子が「お互いに分布が重なり合わない2種類の粒径分布」を有することは、本件発明の作用効果であるから、これが本件発明の特許請求の範囲に記載されていないことは当然である。

なお、原告は、引用例1の2頁右下欄10行ないし20行の記載を援用して、審決は引用例1の実施例2の技術内容を誤認している旨主張する。しかしながら、原告は、本件発明の新規性を否定する技術として、引用例1記載の発明を援用したのではなく、引用例1の実施例2を援用したのであるから、引用例1の他の部分の記載を援用して実施例2の技術内容の誤認をいう原告の主張は失当である。

したがって、本件発明と引用例1の実施例2との対比に関する審決の認定に誤りはない。

この点について、原告は、審決の判断は本件発明が新規性を有するか否かの決定に必要なパラメータの技術的意義の検討を回避してなされたものであって違法である旨主張する。

しかしながら、製造方法に関するパラメータ発明は、審決が説示するとおり、公知技術と「製造原料」,「製造工程」もしくは「製造して得られたもの」が異なるならば、パラメータについて検討するまでもなく、公知技術と同一性を欠くものとなる。しかるに、本件発明は引用例1の実施例2と「製造原料」及び「製造して得られたもの」が異なるのであるから、本件発明の要件であるパラメータについて検討することなく、本件発明と引用例1の実施例2は全く別異のものであるとした審決の判断手法に誤りはない。

2  本件発明と引用例2の実施例12との対比について

(1)  原告は、審決は本件発明の技術内容を誤認している旨主張するが、これが誤りであることは前記1のとおりである。

また、原告は、引用例2の3頁左上欄19行ないし右上欄9行、3頁右下欄19行ないし4頁左上欄7行の記載を援用して、審決は引用例2の実施例12の技術内容を誤認している旨主張するが、原告は本件発明の新規性を否定する技術として引用例2記載の発明を援用したのではなく、引用例2の実施例12を援用したのであるから、引用例2の他の部分の記載を援用して実施例12の技術内容の誤認をいう原告の主張は失当である。

そして、本件発明は、引用例2の実施例12と「製造原料」及び「製造して得られたもの」が異なるのであるから、本件発明の要件であるパラメータについて検討することなく、本件発明と引用例2の実施例12は全く別異のものであるとした審決の判断手法に誤りはない。

(2)  原告は、本件発明は原料として「アンモニア水」を用いるものであり、かつ、アンモニア水は凝集防止剤として機能するから、本件発明と引用例2の実施例12は原料において実質的な差異がない旨主張する。

しかしながら、たといアンモニア水が凝集防止剤として機能するとしても、「凝集防止剤としてのNaOH」を使用しない本件発明と、「凝集防止剤としてのNaOH」を使用する引用例2の実施例12が同一であることにはならない。

理由

第1原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の概要は次のとおりと認められる。

1  技術的課題(目的)

本件発明は、粒径精度に優れ、粒子径分布が単分散であるシリカ粒子の製造方法に関するものである(1頁右下欄1行,2行)。

より高度のギャップ精度が求められる液晶表示装置用スペーサには、粒径精度が良く、かつ球形で、基板上に形成された電気素子を傷付けるおそれのないものが要求されるが、この要求を満たすものとして、シリコンアルコキシドを加水分解・重縮合することによって得られるシリカ粒子がある(1頁右下欄4行ないし1欄6行)。

このシリカ粒子の製造方法として、シリコンアルコキシドを塩基性アルコール溶媒中で加水分解する方法が提案されているが(1欄20行ないし24行)、この方法によって粒径が比較的大きいシリカ粒子を製造しようとすると、アルコキシドの全量が種粒子の成長に使われず、一部(条件によっては大部分)が新たに発生した核粒子に付着して微粒子を生成してしまうので、微小粒子を成長粒子から分離する工程が必要になるなど、数多くの問題点がある(1欄35行ないし2欄4行)。

本件発明の目的は、従来技術の問題点を解決したシリカ粒子の製造方法を提供することである(2欄5行ないし8行)。

2  構成

本件発明は、シリカ粒子分散液中の全シリカ粒子の合計表面積と同分散液中の溶液成分の合計容積との比率を、シリコンアルコキシドの添加前と添加後において所定の値に限定することによって従来技術の問題点を解決しうることを見出して、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(2欄15行ないし19行、1頁左下欄2行ないし13行)。

3  作用効果

本件発明によれば、粒径精度に優れ、粒子径分布が単分散である液晶表示装置用スペーサに適したシリカ粒子を、効率よく製造することが可能である(9欄2行ないし10欄2行)。

第3以上を前提として、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  本件発明と引用例1の実施例2の対比について

審決が本件発明と引用例1の実施例2は製造原料が異なる旨説示しているのに対して、原告は、審決の説示は本件発明及び引用例1の実施例2の各技術内容をいずれも誤認したものである旨主張する。

そこで、まず、引用例1の実施例2の製造原料についてみる。

甲第7号証の3頁右上欄6行ないし15行によれば、引用例1の実施例2の製造原料は「シリカ粒子核,エタノール,アンモニア,エチルシリケート,水,n-ヘキサン」の6種類であることが認められる。しかしながら、同号証によれば、引用例1には、凝集防止剤(粒子の凝集を防止するための薬剤)に関し、その特許請求の範囲の欄には何らの記載もないのに対して、発明の詳細な説明の欄には、「なお、本発明においては粒子の凝集を防止する目的で、アルコールに炭化水素を混合することができる。この炭化水素は、アルコールと相容性があるものであれば特に限定されるものではない。(中略)特に好ましい炭化水素の例として、n-ヘキサン、n-ヘプタン、シクロヘキサン、メチル-シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどがある。」(2頁右下欄10行ないし20行)と記載されていることも認められる。凝集防止剤に関する上記記載によれば、引用例1記載の発明においては凝集防止剤の使用は任意的な要件であって、実施例2において使用されている凝集防止剤としてのn-ヘキサンは必須の要件ではないことが明らかである。そうすると、同実施例の必須の原料は「シリカ粒子核,エタノール,アンモニア,エチルシリケート,水」の5種類と解するのが相当であるから、引用例1の実施例2そのものは凝集防止剤としての「n-ヘキサン」を使用しているとしても、そこに開示されている技術内容を、凝集防止剤としての「n-ヘキサン」を使用するものに限定して把握することには、合理的な理由がないというべきである。

この点について、被告は、原告は本件発明の新規性を否定する技術として、引用例1記載の発明を援用したのではなく、引用例1の実施例2を援用したのであるから、引用例1の他の部分を援用して実施例2の技術内容の誤認をいう原告の主張は失当である旨主張する。

しかしながら、乙第3号証によれば、原告は審判手続において「本件特許発明は、甲第1号証(特に実施例2)に記載された発明と同一であ」ると主張した(乙第3号証の12頁19行,20行)ことが認められる(判決注・上記甲第1号証は、引用例1である。)から、原告は、引用例1に記載された発明のうち、実施例2以外のものも援用しているものというべきである。のみならず、引用例記載の実施例が開示する技術内容を認定するために、引用例の他の部分の記載を参酌することは当然に許されるべきであるから、被告の上記主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、引用例1から実施例2そのものだけを対比の対象として取り出し、両者が製造原料において異なることを根拠とした点において審決は誤っており、この誤りが原告の特許無効審判請求を退けた審決の結論に影響することは明らかである。

なお、審決は、本件発明と引用例1の実施例2とは得られるシリカ粒子の粒径分布においても明確に相違する旨認定しているが、この認定は、上記判断の妨げとなるものでない。

すなわち、次のとおりである。

同一の構成からは同一の効果が生じ得ることが明らかであるから、シリカ粒子の製造方法を定めた二つの発明を対比して、もし真に両者から得られるシリカ粒子の粒径分布が相違するのであれば、両者は、構成においても、それがどこであるにせよどこかで相違することになる。

しかしながら、審決の上記認定は、両者は製造原料において相違するとの前提の下になされたものであり、両者は製造原料において同一であるとの前提の下でなお、両者から得られるシリカ粒子の粒径分布が相違するか否かについては、審決は何ら述べるところがない。そうすると、引用例1の実施例2によって開示された発明のうち、凝集防止剤としての「n-ヘキサン」を使用したもの(本件発明と製造原料において同一であると解さざるを得ないことは前述のとおりである。)との関連においては、審決は、得られるシリカ粒子の粒径分布の異同につき何らの判断も示していないことになるのである。

2  本件発明と引用例2の実施例12の対比について審決が本件発明と引用例2の実施例2は製造原料が異なる旨説示しているのに対して、原告は、審決の説示は本件発明及び引用例2の実施例12の各技術内容をいずれも誤認したものである旨主張する。

そこで、まず、引用例2の実施例12の製造原料についてみる。

甲第3号証の7頁左上欄5行ないし右上欄3行によれば、引用例2の実施例12の製造原料は「SiO2 粒子,エチルアルコール,アンモニア,NaOH,エチルシリケート,水」の6種類であることが認められる。しかしながら、同号証によれば、引用例2には「分散液中のシードが凝集して合体しないように、この分散液にアルカリを加えて安定化された分散液(以下ヒールゾルと称することがある)とする。もしアルカリを加えて分散液の安定化を図らないと、シード粒子同士が凝集して沈殿してくることがある。シード同士が凝集すると、凝集粒子の接合部分(ネック部)にも金属アルコキシド分解生成物の付着が起こるため、均一な粒径を有する粒子が得られない。分散液の安定化を図るために加えるアルカリとしては、アンモニアガス、アンモニア水、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物、第4級アンモニウム塩、アミン類などが単独であるいは組合せて用いられる。」(3頁左上欄16行ないし右上欄9行)、「金属アルコキシドの添加に際しては、ヒールゾルをアルカリ性に保つようにして行なう。(中略)ヒールゾルをアルカリ性に保つためには、ヒールゾルにアルカリを添加すればよく、具体的には、添加されるアルカリとして、アンモニアガス、アンモニア水、アミン類、アルカリ金属水酸化物、第4級アンモニウム塩が単独あるいは組合せて用いられる。」(3頁右下欄19行ないし4頁左上欄7行)と記載されていることが認められる。これらの記載が、分散液の凝集を防止するためには1種あるいは2種以上のアルカリを添加すればよいことを開示していることは明らかであり、かつ、引用例2の実施例12の前記原料のうち「アンモニア,NaOH」がこれに該当することも明らかである。そして、前掲甲第3号証によれば、引用例2記載の発明の特許請求の範囲には「分散液をアルカリ性に保ちながら」(1頁左下欄6行,7行)加水分解を行うことが記載されていることが認められるから、引用例2の実施例12によって開示されている発明においても、「分散液をアルカリに保つためのアルカリ」が必須の要件とされていることは明らかであるが、その「分散液をアルカリに保つためのアルカリ」が「アンモニア,NaOH」以外のものでもよいことは、同引用例の上記認定の記載によって明らかである。そうである以上、引用例2の実施例12によって開示されている発明においても、「アンモニア,NaOH」は必須の要件ではなく、同実施例の必須の原料は「SiO2 粒子,エチルアルコール,エチルシリケート,水」及び「分散液をアルカリに保つためのアルカリ」の5種類とみるべきであるから、引用例2の実施例12そのものは凝集防止剤としての「NaOH」を使用しているが、そこに開示されている技術内容を、凝集防止剤としての「NaOH」を使用するものに限定して把握することには、合理的な理由がないというべきである。

この点について、被告は、原告は本件発明の新規性を否定する技術として、引用例2記載の発明を援用したのではなく、引用例2の実施例12を援用したのであるから、引用例2の他の記載を援用して実施例12の技術内容の誤認をいう原告の主張は失当である旨主張する。

しかしながら、乙第1号証によれば、原告は審判手続において「本件特許発明は、甲第6号証(特に実施例12)に記載された発明と同一であ」ると主張した(乙第1号証の5頁8行,9行)ことが認められる(判決注・上記甲第6号証は、引用例2である。)。のみならず、引用例記載の実施例が開示する技術内容を認定するために、引用例の他の部分の記載を参酌することは当然に許されるべきことは前記のとおりであるから、被告の上記主張は採用することができない。

以上のとおりであるから、本件発明と引用例2の実施例12は製造原料において相違する旨の審決の認定も誤りであり、この誤りも原告の特許無効審判請求を退けた審決の結論に影響することが明らかである。

なお、審決は、本件発明と引用例2の実施例12は得られるシリカ粒子の粒径分布が明確に相違する旨認定しているが、この認定は、上記判断の妨げとなるものではない。その理由は、引用例1の実施例2に関して述べたところと同様である。第4以上によれば、原告の請求は、その余の点を検討するまでもなく、正当なことが明らかであるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

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